リハビリ生活

 

 

 

 

引用元;https://style.nikkei.com/article/DGXZZO23780680S7A121C1000000/

 

正式には、頚部(首)及び腰部脊柱管狭窄症です。

病院の先生の指示により、

リハビリを開始しました。

・首の牽引

・首と腰を温める

・首と腰に電気をあてる

合計30分くらいの処置

10数回、リハビリに通ったが、一向によくならない。

相変わらず、左足は痛いし、右手もしびれている。

そこで、私は、即効性に期待して、

近くの整体矯正院に行ってみた。

丁寧に施術してもらったが、

回復の兆しは見えなかった。

4800円/40分の施術料も、ネックになった。

そんな時、兄から、連絡があり、

おかあさんは、亡くなった。

覚悟はしていたはずだが、

ショッキングな出来事だった。

4月に倒れて以来、

だらしない生活を送ってきたことを反省した。

親孝行出来なかったことを悔いた。

 

8月に入っても、

症状は、一向に改善しない。

左足の痛みに加えて、

右手が、一本の棒のように、

硬直して、グーチョキパーが、出来なくなってしまった。

当然、お箸がうまく使えない。

お風呂に入っても、

十分に、からだを洗うことが出来なかった。

このまま、リハビリを続けても、ダメだと考え、

大きな総合病院に行くことに決めた。

セカンド・オピニオンという意味も込めて。

初見は、やはり、脊柱管狭窄症であった。

神経の痛みを和らげる薬(リリカ)を処方してもらった。

9月9日に、MRI検査を予約した。

リリカを3週間ほど、服用したが、

一向によくならなかった。

車の運転も困難になり、

買い物は、ネットスーパーで、購入することにした。

ある日、何気なく、行きつけの居酒屋のママに電話したら、

「困ってるんだったら、連絡してよ!」

「晩ごはんくらい、届けてあげるから」

と言われ、

4日間ほど、晩ごはんを届けてもらった。

やっぱり、久しぶりの手作り料理は、最高に美味かった。

ママには、ゴミ出しもやってもらった。

非常に助かった。

ママには、感謝しても、しきれないくらいだ。

 

9月19日に、MRI検査の結果を聞きに、

総合病院に行った。

先生は、私のぎこちない動きを見て、

「入院してもらいます。この状態で、

自宅に帰らすことは出来ません。」

と言われ、即行で、入院することになった。

そうとうひどい状態なんだろうなあと思った。

予期せぬ緊急入院だった。

MRI検査の結果、

首は、頚椎症性骨髄症で、

腰は、腰椎すべり症であることがわかった。

頚椎症性骨髄症とは

頚椎症性脊髄症(けいついしょうせい せきずいしょう)とは、加齢により椎間板の変性が進み、骨がとげ状に大きくなって骨棘(こつきょく)を形成することや、靭帯(じんたい)が厚く硬くなることで、脊柱管にある脊髄が圧迫され、四肢(両方の手脚)に痛みやしびれ、運動障害を生じる疾患です。

引用元;https://toutsu.jp/pain/keitsui.html

 

引用元;https://toutsu.jp/pain/keitsui.html

腰椎すべり症とは

 

腰椎すべり症とは、積み木のように連なる腰椎が、文字通り前方へ滑り出してしまい、様々な症状を引き起こす病気です。

腰椎すべり症は、大きく背骨や椎間板などの変性によって起こる「変性すべり症」と、腰椎分離症に続発する「分離すべり症」とに分けられます。引用元;https://www.itoortho.jp/youtu_info/14.html

 

腰椎すべり症(図解)

引用元;http://maehara-clinic.jp/sick/lumbar-spinal-stenosis/

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    異変が起きた!

     

    4月13日(土) 10:07 京都駅着

    少し、早めの到着、

    兄と約束した11時には、十分間に合う。

    早めの昼食を済ませ、病院に向かった。

    病院に到着すると、兄が先に待っていてくれた。

    二人で、おかあさんのいる病室に入った。

    病室に入ると、

    酸素マスクや、点滴管、計測器に繋がれている、

    おかあさんがいた。

    ぐっすり、眠っているようで、

    話しかけても、反応は無かった。

    眠っているおかあさんに向かって、

    おかあさん、ボクのことは心配いらんから!

     周りに、素敵な友達がいっぱいいるから。

     おかあさん、今度は、自分のこと、心配してね。

    と言って、病室から出て、

    主治医の先生の説明を聞いた。

    昨夜、電話で聞いた、兄からの説明と同じだった。

    ・手術はしない

      おかあさんのからだに、負担が掛かるから

    ・延命治療はしない

      おかあさんの希望でもあった

    以上の2点で、兄と同意した。

     

     

    今、振り返ってみると、

    この出来事(おかあさんが倒れる)が、

    後々、発症する「脊柱管狭窄症」の大きな要因になったと思う。

    背骨の中を通る脊髄からの神経の通り道を脊柱管といいます。脊柱管狭窄とは、この脊柱管を構成する骨や靱帯の肥厚、椎間板の突出などで脊柱管が圧迫を受け狭くなる病気のことを言います。

    引用元;https://www.iwai.com/seikei-qa/content/002-kyosakusho.php

     

     

    私は、中学校でのイジメが原因で、

    長年「躁うつ病」を患っています。

    約40年間の付き合いになります。

    もはや、「病気」ではなく、「自分の個性」だと認識しています。

    今回の出来事により、

    私は、当然のように、何百回目かの「うつ」状態に入りました。

    直前の私は、「躁」状態で、

    ラグビースクールのコーチをしたり、

    選挙ボランティアの一員として、

    充実した毎日を送っていました。

    「うつ」状態に入った私は、完全な「引きこもり」状態になります。

    ・Facebookは更新しない

    ・パソコンの電源を落とす

    ・呑みに出かけない

    ・朝、目覚めたら、コンビニに行き、ビールを買う

    ・朝から、ビールを呑み、酔いつぶれて、爆睡する

    ・運動しない

    こんな不規則な生活を約2ヶ月間、続けていた、ある日、

    異変が起こった。

    就寝して、午前2時頃、尿意で、目覚めてしまい、

    立ち上がろうとするのだが、

    立ち上がれない!

    「立ち方」を忘れてしまったかのように。

    仕方なく、「失禁」してしまった。

    こんなことが、2~3回、起こった後に、

    とうとう、左足が痛くなり、歩行困難になりました。

    重い腰を上げて、病院に行ったら、

    脊柱管狭窄症」と診断され、

    リハビリ生活が続きました。

    夏の暑い日のことでした。

                           つづく

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      母が倒れた!

      私には、母と決めた、ある習慣があります。

      それは、月曜日と金曜日の昼休みに、

      母へ電話することです。

      13年前に、父が亡くなった時に、

      実家で、ひとり暮らしになる母の生存・様子を

      確認するために、

      また、オレオレ詐欺を防止する意味も含めて、

      週に2回(月曜日と金曜日)、

      母へ電話することに決めました。

       

      4月12日(金)午後0時10分。

      私はいつものように、母へ電話をしました。

      「おかあさん?あっ、ボク」

      「息子さんですか?あのねえ、おかあさんが

       トイレの前で倒れてたのよ」

       

      あれっ!おかあさんの声ではない!!!

       

      向かいに住まわれているおばさんかな?。

      それに倒れているって、どういうことだ!!!

      「救急車呼ぶね。って言っても、おかあさん、嫌がるの」

      「お兄さんに連絡とって、なんとかしてもらえません?」

      「わかりました。早速、兄に電話してみます。」

      と言って、電話を切り、兄に電話した。

      兄は直ぐに行動してくれて、

      救急車を呼ぶことが出来ました。

      心配なのは、おかあさんの状態です。

      ・倒れた時に頭でもぶつけていないのか?

      ・意識ははっきりしているのか?

      ・骨折はしていないのか?

      想像は、悪い方向に、やけに、拡がる。

       

      母が倒れた日の20時頃、

      兄から電話がありました。

      「状況はよくない。心臓が弱ってきてる。心臓の中の弁に、

       ヒモ状のばい菌が、引っかかってる。

      それが、弁から、離れて、からだ中を回れば、

       どこかで、血栓が発生してもおかしくないそうや。」

      「ヒモ状のばい菌の除去手術も可能やけど、

      おかあさんのからだの負担になるから、手術は、やめとこ」

       

      おかあさんが死ぬかもしれん!

      私は、大声で、泣き叫びました。

      おかあさんがいない世界は考えられない!

      今までのおかあさんとの思い出が蘇ってきました。

      おかあさんは、いつも、私のことを心配してくれて、

      優しく、励ましてくれました。

      一方、私は、親孝行らしいことを、

      一度も、やった記憶がありません。

      親不孝者です。

      ここ10数年、実家に戻り、

      おかあさんと同居する選択肢はあったのですが、

      独身生活に慣れてしまっていて、

      躊躇っていました。

      今となっては、後悔しか残っていません。

      早速、明日、京都に向かおう。

      始発の切符を握り、新幹線に乗り込んだ。

       

       

      おかあさんの手作り弁当

       

                       つづく

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